相続人の内に認知症患者がいる場合、遺産分割協議をするにあたって問題が生じます。なぜなら、遺産分割協議も法律行為であり、これをなすには意思能力が必要だからです。また、認知症患者だということのみをもって、意思能力がないとは言えないことも問題を複雑にする要因となります。

判例によると、「意思能力とは、自分の行為の結果を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定をする精神能力をいうと解すべきであり、意思能力があるかどうかは、問題となる個々の法律行為ごとにその難易、重大性なども考慮して、行為の結果を正しく認識できていたかどうかということを中心に判断されるべきものである。」とされていますから、遺産分割協議の場面で必要とされる意思能力の有無についても、その難易度、重大性を考慮して遺産分割協議の結果を正しく認識できたかどうかを個別具体的に判断するしかありません。

認知症が比較的軽微なもので、意思能力に問題が無いようなケースであれば、後に述べるような成年後見制度等を利用せずとも足りることになりますが、その遺産分割協議が後から法的な争いの対象になった場合、遺産分割協議当時の意思能力の有無が争点になる可能性に配慮することは大切です。もし、意思能力が無かったと判断された場合には、その遺産分割協議は無効なものとなってしまいますから、意思能力の有無の判断は慎重に行うべきです。

これに対して、認知症がある程度進行していて、意思能力に問題があるというケースでは、家庭裁判所に対して成年後見人の選任申立をなし、選任された後見人が認知症患者を代理して遺産分割協議を行うこととなります。ただし、この場合、成年後見人としては被後見人である認知症患者の権利を守ることを第１に考えることになりますから、原則として被後見人に法定相続分を確保する形での遺産分割協議をすることになります。

また、後見人と被後見人（認知症患者）が利益相反するケースにおいては、後見監督人が選任されていれば後見監督人が被後見人を代理しますが、後見監督人が選任されていない場合には、家庭裁判所で選任された特別代理人が被後見人を代理します。

なお、「後見人と被後見人が利益相反する」とはどのようなケースかというと、後見人及び被後見人が共に相続人で遺産分割協議の当事者であるような場合です。この場合、被後見人の相続分を減らせば、その分後見人の相続分が増える関係となりますから、後見人に被後見人の遺産分割協議に関する代理権を認めるのは不適切だということです。

更に、任意後見制度を利用している場合においては、任意後見契約において、遺産分割協議の代理権が授与されていれば任意後見人が本人（認知症患者）を代理します。ただし、この場合であっても、任意後見人と本人が利益相反しているケースでは、任意後見監督人が本人を代理します。